私は天使なんかじゃない








隻眼の男






  物事には必ず最初がある。
  つまり誰かが始めなければ展開は動かない。

  問題は誰が始めたかだ。






  「ねぇ、ミスティ」
  「何?」
  「その眼帯男、誰? 敵なの? ワーナーの仲間? それでワーナーはどこにいるさ?」
  「はっ?」
  突然の言葉に私は固まる。
  それだけ今のシーの発言は意外性に満ちていた。
  既にワーナーの手下達は私達の手で蹴散らしている。だから少し好奇心が湧いた。こいつが何者なのかが知りたくなった。
  私は銃を下ろす。
  「あなた誰?」
  「ワーナーだよ」
  「それは嘘でしょう」
  私がそう言うと彼は薄く笑った。肯定してるとも取れる笑みだ。
  考えてみればそもそもシーと私のワーナーの印象は異なっていた。もちろん私とシーは別々の人間であり感性も印象の受け方もまったく別なのは分
  かってる。しかしどう客観的に考えても以前シーが言っていた『ワーナーは理想主義者』は私には理解出来なかった。
  それだけ接し方の使い分けが上手いのかとは考えた。
  だが今なら別の考え方が出来る。
  そもそも別人なら?
  そう考えると分かってきた事がある。
  ミディアはワーナーとは直接会っていない。傭兵ジェリコを通じてメッセージを受けていただけだ。少なくとも私がこの街に送り込まれてからは彼女は会っ
  ていない事になる。何故ならワーナーとのやり取りについて常に『連絡が来た』『指示があった』という表現しか使ってないからだ。
  つまり。
  つまりミディアはワーナーにここ最近はまるで会ってない。
  確かにワーナーはお尋ね者だ。
  だけどダウンタウンでわずかとは過ごしてみて分かったのは、結構ズサンで警備が甘いという事だ。もちろん、それでも無用なリスクは冒したくないから
  ワーナーは街には訪れなかったという説明は出来るけど……総合すると別人説が正しい気がしてくる。
  だとすると……。
  「本物のワーナーはどこかしら、偽ワーナーさん」
  「偽者だと?」
  「そもそも本物だろうが偽者だろうが私には関係ないのよ。結局私は異邦人だからね。ただ殺す前に知りたい、それだけよ」
  「……」
  「さっきの饒舌なトークはもういらないわ。演技もいい。どのみち私より前にワーナーに会ったシーにしてみればあんたはワーナーじゃない事になる」
  「……」
  「どっちが本物で偽者かは知らんけどさ。それで? あんたはどっちのワーナー?」
  「……くくく。あっははははははははっ!」
  楽しそうにワーナーは笑った。
  久し振りに楽しいジョークを聞いた、まるでそんな感じの大爆笑だった。笑いのあまり涙が出てる。
  彼はそれを拭いながらニヤリと笑った。

  「ジャンダース・プランケットだ。よろしくな、赤毛の冒険者」
  「ジャンダース・プランケット?」
  知らない名前だ。
  誰?
  ただ私に分かるのは、私を拉致った時には既にこいつがワーナーになってたんだろうね。ジェリコは傭兵だからそこはどうでもいいんだろうけど、ミディアは
  別人がワーナーに成りすましていたら当然奴隷蜂起計画を中止させるだろう。だからこそミディアには会わなかったのだ、この偽ワーナーはね。
  傭兵ジェリコを繋ぎ役としたのはこういう意味だったのか。
  お尋ね者だからダウンタウンを歩けなかったんじゃない。
  別人だから無理だったってわけだ。
  そしてさらに私は理解する。
  偽ワーナーが取り込んだアッシャーの軍勢は新入りが多かったと聞く。つまりワーナーの顔を知らない。
  まあ、眼帯野郎程度は知ってたのかもしれないけどジャンダース・プランケットも眼帯をしている。
  簡単に新入りを騙せるというわけだ。
  偽ワーナーとはいえ本物のワーナー同様に奴隷王アッシャーに反抗している&眼帯をしている、そんな簡単な理由で誰もが信じ込んでしまった。
  それは私もだしアッシャーもだ。
  誰もが今回の騒動の発端が革命家ワーナーの仕業だと思っていたけど、そうではなかった。
  第三者の仕業だった。
  ……。
  ……だとしたらこいつ何者だ?
  目的は?
  正体は?
  背後に何らかの組織があると見ていいだろう。
  この街で取り込んだ兵力とは別に自前の部下を擁しているのは確かだ。たった今、私達が蹴散らした連中はこいつの自前の手下達だろう。
  わざわざ革命家ワーナーを演じていたジャンダース・プランケット。
  そのバックには組織。
  ここピットの街に介入して来たのは何者?
  「シー、こいつを知ってる?」
  「知らん」
  有名なのか無名なのか。
  それすらも判明しないってわけか。
  このまま殺すのは容易いけど革命家ワーナーに成りすました理由を聞かない事には殺すに殺せない状況だ。こいつがボスなら殺してもいい。しかし黒幕
  が別にいた場合、ここでこの偽ワーナーを殺すのは得策ではない。黒幕との接点を消す事になってしまう。
  私は異邦人。
  それでも一度始めた事はしっかりと終わらせたい。
  だから殺せない。

  ガチャ。

  『……っ!』
  その時、突然背後の扉が開く。この建物の唯一の出入り口の扉だ。振り向くと白人と黒人の女が閃くモノを手にして私達に挑みかかって来る。
  剣だ。
  剣を手に踏み込んでくる。
狙いは私とシー。
  白人の刃。
  黒人の刃。
  それぞれ私達に向けられていた。
  「ふふふっ! 死ぬがいいわ、赤毛の冒険者っ!」
  「くっ!」

  咄嗟に身を捻ってかわすものの、その女の剣の一撃は鋭かった。
  ……。
  ……危ない危ない。
  もし少しでも行動が遅ければ私の首は落とされていただろう。シーにしても同じ事だ。お互いに敏捷性が高くて幸運だった。
  ただ反撃は出来そうもない。
  何故なら……。

  「早速で悪いけど赤毛の冒険者、ここで死んでもらわなくちゃいけないわ」

  銀髪の、私に斬りかかってきた白人の女が宣言する。
  んー、訂正。
  女の子かもしれないわね。
  歳は大分若そうだ。
  ともかくその宣言は絶対的な意味を響かせているのは確かだ。ぞろぞろと男達(一部女も混ざってるけど)が室内に入ってくる。
  全員が全員、銃火器で武装していた。
  室内で私達を包囲する面々。
  数は30ほどかな。
  2人の女は開けたままの扉の左右に立っている。白人と黒人の女だ。剣を手にしている。この場の指揮官にも思えるけど首には首輪がされている。
  爆弾の首輪だ。
  パラダイス・フォールズの奴隷の証。
  だけど分からないのはどうして奴隷が指揮を執っているのだろう。
  何者?
  ジャンダース・プランケットが声を張り上げる。
  「おいおい。いささか予定と別物になってないか? 聞いてないぜ、こんな展開はよ。クローバー」
  「仕方ないじゃない。予定と現実は別物だからね」
  銀髪の女はクローバーか。
  仲間?
  まあ、そこは厳密には分からないけど、少なくとも手を組んでいるのは確かだろう。ジャンダース・プランケットとクローバーはね。
  黒人の女の名前はなんだろ。
  「それでジャンダース・プランケット、例の餓鬼はどしたの?」
  「ミスった」
  「ダーリンが聞いたら怒るわよ?」
  「仕方ねぇだろ。計画の為に拉致した赤毛がここまでやるとは思ってなかったんだからな。……それに計画立てたのはあんたらだ。俺はあくまで実行しただけだ」
  「まあ、そうね」
  「餓鬼はどうする。改めて攫うか?」
  「別にいいわ。要はこの街を仕切るのに効率的だからってだけだしね。ここの原住民が病で死のうが関係ない。搾り取れるだけ搾って捨てりゃあいいのよ」
  「俺には関係ない事だがな」
  こいつらピットを奪うつもりか?
  それも街そのものが欲しいのではなく、そこにある富が目的らしい。
  ふぅん。
  ミディアもミディアだったけど、こいつらもこいつらだ。蜂起の目的が自己の欲望を満たす為だけか。まあミディアの目的を全面的には否定はしないけどさ。
  欲望だらけの蜂起。
  さてさて。
  その結末を紡がなきゃ。
  「あんたら何者なわけ?」
  「あたしはクローバー。パラダイス・フォールズの者よ。……ああ、そうそう、ボスの愛人でもあるわ。そっちの子もね」
  「クリムゾンよ」
  パラダイス・フォールズっ!
  奴隷商人か。
  奴隷の卸先にわざわざ乗り込んでくるとは、そして最大の取引相手であるピットを奪取しようとしている理由は何?
  ……。
  ……そうか。
  もしかしたらマリーの存在が原因かもしれない。
  マリーの免疫で治療薬が完成すれば奴隷の使い捨てがなくなる。つまりパラダイス・フォールズの取引量は激減する。元々アッシャーは奴隷という制度は
  その場凌ぎの対策でしかないという事を認識している。治療薬が完成すれば奴隷を大量に購入する必要はない。
  奴隷商人にしてみれば商売上がったりだ。
  だけど乗り込んでくるか、普通?
  まあいい。
  私には状況も理由も関係ない。
  「じゃあミスティ。頑張ってね。無事なら後で連絡して。バーイ☆」
  「逃げるなーっ!」
  「だって関係ないじゃん、この展開にっ!」
  「友達でしょシーっ!」
  「友達っていうのはキャップをくれる人の事を指すのよっ!」
  「人でなしーっ!」
  ぎゃーぎゃーと罵り合う私達。
  クローバーは笑うもののクリムゾンは呆れ顔、ジャンダース・プランケットは勝手にしてくれという感じだ。私達は依然として包囲されている。
  連中にその気があればいつでも殺せる。
  銀髪のクローバーの顔に冷たい色が宿った。
  どうやら時間切れのようだ。
  「ミスティに関るんじゃなかったっ!」
  シーは手を振り上げる。

  「はぐぅっ!」
  「ぎゃっ!」

  悲鳴が2つ。
  倒れる音もまた2つ。
  一瞬、この場の空気が止まる。誰もが状況を把握出来ていなかった。次の瞬間、さらにバタバタと奴隷商人達は倒れた。
  扉を開けっ放しにしたのが悪い。
  万が一の為にグールのスマイリーにも声を掛けておいた。どこの建物のからは知らないけどこの場をスナイプしている。
  正確無比な狙撃。
  「ふふふっ! 楽しくなってきたけど、この場は引かせてもらうわ。行くわよ、クリムゾンっ!」
  「分かったわ」
  「お、おい、俺も行くぜっ!」
  クローバー、クリムゾン、ジャンダース・プランケットは撤退。
  屋外に逃げる。
  屋外階段を上って屋上に上がるべく急ぐ。それとは別に階段を駆け下りてくる音が響いてくる。
  無数にね。
  どうやら上層にも兵力を温存していたらしい。
  私とシーは銃を撃って右往左往としている屋内の残敵をやり過ごし屋外に出る。

  「
わあああああああああああああああああああっ!

  喚声は下からだ。
  見るとレイダーの軍団がこちらに向かってきている。
  アッシャーの軍団だ。
  ……。
  ……まあ、餌が来たとばかりにトロッグの群れも出張って来てレイダー軍団と交戦してますけどね。お邪魔虫め。
  いずれにしても総力戦だ。
  アッシャーの軍が奴隷商人の部隊と組む理由は既にない。どちらにしてもこの状況では激突するだろう。
  実に結構な事だ。
  上から奴隷商人の新手が駆け下りてくるのが見える。
  私とシーは部屋に引っ込む。あのまま上がったらまともにぶつかる事になるからね。私達は室内に戻る。
  途端、室内にいた残敵が……ええい、面倒っ!
  「シー」
  「はいはい」

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  シーの投げたグレネードが雑魚を吹っ飛ばす。
  バタン。
  それと同時に私は扉を閉じた。
  足音は通り過ぎて行く。
  よしよし。
  新手はアッシャーの軍団と戦ってくれるらしい。多いに助かりますね。騎兵隊が悪者軍団を潰してくれるように祈ってるわ。
  さて。
  「やるかな」
  部屋の外に出ると私は屋外階段を上に上がった。
  さあ決戦だっ!